自民党改憲草案は2012年、東日本大震災の翌年に突然発表されました。それまで、国民的な議論は何もありませんでした。その後も、政府は中身に触れることもなく、国民的議論も起きないまま、今に至ります。
国民的議論が起きないまま、改憲を行おうとするのも問題と思いますが、内容についてもいろいろとあるようです。
この改憲草案は、一体何が問題なのでしょうか。日本国憲法と比較しながら見ていきましょう。
条文ごとに問題点を見る
前文
国民は「平和のうちに生存する権利」を有します。
これを削除しました。
改憲案は「世界の平和に貢献」とありますが、日本国民の権利としての記載はなくなりました。
第1章 天皇
第1条 天皇
天皇は象徴です。
「天皇は象徴であり、日本の元首」に変更。
【元首】の意味は国家の首長。国際法上、外国に対して国を代表する者です。天皇が権力を持つようになります。
第2章 安全保障
第9条 平和主義
自衛隊。災害時にはお世話になっています。
国防軍を創設します。
国防軍は「公の秩序」を維持します。
【公の秩序 その1】
「自衛隊は軍隊ではない」という枷がなくなります。「公の秩序」の下では、国民が取り締まりの対象になります。
第3章 国民の権利及び義務
第11条 基本的人権の尊重
基本的人権の尊重。大事です。
この権利は、最高法規 第97条にも定めています。
第11条より、第98条 緊急事態条項を優先します。
第98条 緊急事態条項>第11条 基本的人権。
最高法規 第97条の基本的人権は削除されました。
第3章第12条 国民の責務
国民は、「公共の福祉のために自由と権利を利用する責任を負う」
「自由と権利には責任と義務が伴うことを自覚し、『公益及び公の秩序』に反してはならない」に変更。
【公の秩序 その2】
基本的人権の対価に「責任と義務」が求められ、基本的人権より「公益及び公の秩序」が優先されます。
第3章第13条 人としての尊重等
公共の福祉に反しない限り、個人として尊重されます。
公益と公の秩序に反しなければ、人として尊重してあげます。
【公の秩序 その3】
「人全体」としては尊重されますが、「個人の人権」は尊重されなくなります。また、公益と公の秩序に反する場合、人全体としても尊重されません。
第3章第18条 身体の拘束及び苦役からの自由
「何人も、『いかなる』奴隷的拘束も受けない」
当然のことです。
「何人も、『社会的または経済的関係において』身体を拘束されない」に変更。
「いかなる」が削除されました。「政治的な」または「軍事的な」拘束は、可能となります。
第3章第21条 表現の自由
一切の表現の自由は、保障する。
これも当然のことです。
「第21条の規定にかかわらず、公益と公の秩序を害することが目的とした活動は、認められない」を追加。
【公の秩序 その4】
政府への批判などに対して、国が「公益と公の秩序を害することを目的としている」と判断した場合、表現の自由が奪われます。
第3章第22条 居住、移転及び職業選択の自由等
「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び、職業選択の自由を有する」
「公共の福祉に反しない限り」を削除。
【公共の福祉の削除】
経済の規制が緩和されます。経済強者の営業の自由を制限することが困難になり、経済弱者や国産品などが保護されにくくなります。RCEP向きの条文です。外資が国内産業を駆逐しても、違憲になりません。
第3章第29条2 財産権
財産権の内容は「公共の福祉」に適合するようにしてください。
財産権の内容は「公益及び公の秩序」に適合するようにしてください。
【公の秩序 その5】
何となく似てますけど、まったく異なります。政府が「預金封鎖が公益になる」とした場合、これが合憲になります。
【公共の福祉】
争いがあるが、主に他人の人権を侵害するような自由及び権利は制限されるという意味です。大切なことです。改憲草案は日本国憲法と形は似ているのに、内容はまったくの別物に変わっています。
第3章第36条 拷問及び残虐な刑罰の禁止
「拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」
「絶対に」を削除。これはQ&Aにも載せてないんだから。内緒だよ。
規範力が低下し、一定の条件が揃えば、例外的に拷問が容認される可能性があります。前文「平和の内に生存する権利」の削除がここにつながると思います。
第18条 拘束の可能性、第9条2 国防軍が国民を取り締まり可能とするのも符合します。条文の意味をつなげると怖さが分かります。私たちは、平和ではいられなくなるのでしょうか。
Q&Aとは、自民党が作成した「日本国憲法改正草案Q&A(増補版)」のことです。
「公共の福祉」から「公の秩序」への入替え、追記など「公共の福祉」に関する変更は6つありました。
第4章 国会
第64条 政党(新設)
この新設は何のために・・・?
「政党の政治活動の自由は、保障する」を追加
政党に属さない、無所属の議員の政治活動の自由は、保障されません。
第5章 内閣
第66条 内閣の構成及び国会に対する責任
総理大臣や国務大臣は「文民でなければならない」
「現役の軍人であってはならない」に変更。
「退役した軍人」が、総理や大臣になることをあえて容認します。
第8章 地方自治
現94条・新95条 地方自治の機能
地方自治体は「その財産を管理し、事務を処理し、行政を執行する権能を有する」
「財産を管理し、」と「行政を執行する」を削除。
地方自治体から「財産の管理」と「行政の執行」がなくなり、中央集権化します。国民の財産権は「公の秩序」の下ですから、政府は日本の財産を掌握できるようになるのかもしれません。
第9章 緊急事態(新設)
新98条 緊急事態の宣言
関連する法整備はできているのに、こんなものを作って・・・どうするの?
「緊急事態条項」を新設します。条文には「国民はこれに従わなければならない」という義務もあえて加えました。
内閣の判断だけで緊急事態を宣言できます。緊急事態では、国民は、国の指示に従わなければなりません。どんな指示でも・・・徴兵でも預金封鎖でも
第11章 最高法規
現97条 基本的人権の尊重
「最高法規としての基本的人権」を据えています。憲法の根幹です。
最高法規 第97条はストーンと削除しました。基本的人権に関する規定は、むしろ削ってくれという意見が結構ありましたので。
国民主権、基本的人権、平和主義。この3つをなくさなければですね、本当の自主憲法にならないんですよ。
基本的人権が「最高法規」から消えます。
かろうじて残る「第11条 基本的人権」も「緊急事態条項」の方が優先されます。
現99条・新102条 憲法の尊重
「天皇または大臣、議員、裁判官、その他の公務員は、憲法を尊重し、擁護する義務を負う」
「全国民はこの憲法を尊重し、議員、大臣、裁判官、その他の公務員は、憲法を擁護する義務を負う」に変更。
この憲法を「国民が遵守」します。
為政者は、国民を弾圧可能なこの改憲案を擁護します。つまり、弾圧する為政者を憲法が守ります。憲法が「国家権力を縛る鎖」ではなく、「国民を縛る鎖」になります。改憲案は日本国憲法と形は似ているのに、内容はまったくの別物に変わっています。
例えば、政府に異議があるとして声を上げます。
これに対して、政府が公の秩序を乱すと判断すれば、
そういった声を封じ、(第21条2)
それで黙らなければ拘束し、(第18条)
止める意志を示さなければ、今後、拷問という手段も取りうる道ができています。(第36条)
憲法の最高法規に基本的人権の項目はなく、ただ、国民が憲法を順守することが記され、国民を守ってくれません。まるで、どこかの国のようですね。
皆さまも自民党の改憲草案をご覧になり、これが成立したらどうなるのか、いろいろ考えてみましょう。
今の日本国憲法は時代に合わなくなってきているといわれます。それは事実でしょう。日本近海に出没するようになった武装漁船・不審船の対応などの問題もあります。
ただ、改憲するにしても「自民党改憲草案」はあまりにも論外です。国民の手でこれを拒否しなければなりません。
そして、今ある諸問題の解決に向けて、真に日本のため、国民のための改憲をこれから考えていく必要があるのではないでしょうか。
一覧表で問題点を見る
自民党改憲草案の問題点を以下の一覧表にまとめました。また、自民党が作成した『日本国憲法改正草案Q&A増補版』に、今までご紹介した問題点の記載、言及があるかどうかも確認し、一覧表の右端に記載しました。
日本国憲法改正草案Q&A増補版
▼以下のように区分けしました。
✕ :記載なし
✕´:項目はあるが問題点には触れず
△ :やや言及あり
条文番号 | 現行憲法 | 憲法改正草案 | 主な問題点 | Q&Aへの 記載 |
前文 | 「平和のうちに生存する権利」を削除 | 諸外国には平和を記載だが、国民はなし | ✕´ | |
1 | 「天皇は象徴」 | 「天皇は象徴であり、日本の元首」に変更 | 天皇が元首へ。元首とは国家の首長のこと。 | ✕´ |
9 | 「自衛隊」 | 「国防軍」に変更 | 「自衛隊は軍隊ではない」という枷がなくなります。 | △ |
11 | 基本的人権の尊重 この権利は最高法規 第97条にもあり | 緊急事態条項 第98条>第11条 第97条を削除 | 左記項目を最高法規 第102条(新設)で国民に守ることを義務化 | ✕´ |
12 | 国民は、「公共の福祉のために自由と権利を利用する責任を負う」 | 「自由と権利には責任と義務が伴うことを自覚し、『公益及び公の秩序』に反してはならない」に変更 | 基本的人権の対価に「責任と義務」が求められ、基本的人権より「公益及び公の秩序」が優先されます。 | ✕´ |
13 | 「公共の福祉に反しない限り、個人として尊重される」 | 「公益と公の秩序に反しない限り、人として尊重される」に変更 | 「人全体」としては尊重されますが、「個人の人権」は尊重されなくなります。また、公益と公の秩序に反する場合、人全体としても尊重されません。 | ✕´ |
18 | 「何人も、『いかなる』奴隷的拘束も受けない」 | 「何人も、『社会的または経済的関係において』身体を拘束されない」に変更 | 「政治的な」または「軍事的な」拘束は可能となります。 | ✕´ |
21 | 一切の表現の自由は、保障する | 「前項の規定(左記21条)にかかわらず、公益と公の秩序を害することが目的とした、活動は、認められない」を追加 | 政府への批判などに対して、国が「公益と公の秩序を害することを目的としている」と判断した場合、表現の自由が奪われます。 | ✕´ |
22 | 「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び、職業選択の自由を有する」 | 「公共の福祉に反しない限り」を削除 | 経済の規制が緩和されます。経済強者の営業の自由を制限することが困難になり、経済弱者や国産品等が保護されにくくなります。 | ✕ |
36 | 「拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」 | 「絶対に」を削除 | 規範力が低下し、一定の条件が揃えば、例外的に拷問が容認される可能性があります。 | ✕ |
64 | 「政党の政治活動の自由は、保障する」を追加 | 無所属の議員の政治活動の自由は、保障されません。 | ✕´ | |
66 | 総理や大臣は「文民でなければならない」 | 「現役の軍人であってはならない」に変更 | 「退役した軍人」が、総理や大臣になることをあえて容認します。 | ✕ |
現94,新95 | 地方自治体は、「その財産を管理し、事務を処理し、行政を執行する権能を有する」 | 「財産を管理し」と「行政を執行する」を削除。 | 地方自治体に「財産を管理する権限」と「行政を執行する権限」がなくなり、中央集権化します。 | ✕´ |
98 | 「緊急事態条項」を新設 | 緊急事態は、内閣の判断だけで宣言できます。緊急事態では、国民は、国の指示に従わなければなりません。 | ✕´ | |
97 | 「最高法規としての基本的人権」 | 「最高法規としての基本的人権」をまるごと削除 | 基本的人権が「最高法規」ではなくなります。「基本的人権」よりも「公益と公の秩序」が優先されます。緊急事態では、内閣だけで、法律を制定できます。 | ✕´ |
現99,新102 | 「天皇または大臣、議員、裁判官、その他の公務員は、憲法を尊重し擁護する義務を負う」 | 「全国民はこの憲法を尊重し、議員、大臣、裁判官、その他の公務員は、憲法を擁護する義務を負う」に変更 | 独裁可能な憲法を国民が尊重し、為政者は擁護します。 | ✕´ |
「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」への変更について
自民党改憲草案では「公共の福祉」がすべて削除され、「公益及び公の秩序」に入れ替えられました。自民党作成の改憲啓発資料の中には、「公の秩序」は国際的に使われているので、問題はないとの説明があります。
ですが、自民党が示した例の「国際人権規約」や「ドイツ基本法」は、「秩序」という言葉を使うものの、秩序の意味を補足する「もしくは~」の後に説明があります。むしろ、従来の「公共の福祉」に近いと考えられます。健康、道徳など個人の存在があるからです。
改憲草案の「公益及び公の秩序」には、個人を思わせるような補足の語句はありません。そういう意味で、中国憲法の使い方に近いと考えられます。
▼【公益】の一般的な意味
1. 朝廷、政府など国家の統治者にとっての利益。
2. 社会一般の利益。多くの人々にもたらされる利益。
▼【公の秩序】の一般的な意味 国家あるいは社会における秩序をいう。
「公の秩序」は、政府や状況により、以下のように変化すると考えられます。
- 今の平和の下での日本人多数社会の秩序
- RCEP等で移民が多数派になった社会の秩序
- 緊急事態下での社会秩序
- 戦時下での社会秩序
例えば、先の大戦での社会秩序はどうだったでしょうか。「進め一億火の玉だ」、「欲しがりません勝つまでは」、「ぜいたくは敵だ!」などという煽動的なスローガンから生み出され、当時の公益・社会秩序は終戦末期には「学徒出陣」や「神風特攻隊」を容認するような秩序でした。「公益及び公の秩序」は為政者の都合に合わせて変わります。公の秩序の下では、以下のようなことが実施可能ではないでしょうか。
- 自衛隊が国防軍に変わったことによる徴兵制度の復活
- 緊急時の財政安定化のための預金封鎖
自民党の改憲啓発資料には、緊急事態条項も海外では普通のこととして書かれていますが、海外の緊急事態条項は、国民側に拒否権があったり、政府の暴走を止めるための第三者機関の設置、また、発動条件が厳しかったりと、さまざまな制約を設けています。ですが、日本にはいずれの制約もありません。改憲草案の内容は、まとめると次のように言えると思います。
内閣の独断で発動可能
プラスして基本的人権を上回る権限
国民にはこれに従う義務があり
反するものは拘束が可能である。
どこかの独裁国家のような事態が繰り広げられようとしています。
▼【参考】自民党改憲草案についての記事です。
この改憲草案で日本はどうなるのかという内容を載せました。
【ヘンコとガンコ】覚醒Project